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時系列|山上徹也の生い立ちがかわいそう!裕福な幼少期から父兄自殺の壮絶人生!

2022年7月8日に選挙応援活動中だった安倍晋三元首相を銃撃し、殺害した山上徹也容疑者。

日本だけでなく世界中を震撼させる大事件となりました。

これまでの報道によると、山上徹也の母親が統一教会に入信したことによって、

1億円以上の献金をしていたことが明らかになっています。

そのことによって生活苦となった山上徹也の生い立ちは、壮絶なものだったのです!

今回は山上徹也の壮絶な生い立ちについて、時系列ごとにわかりやすくまとめてみました。

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目次

【時系列】山上徹也の生い立ち

引用:Yahoo!ニュース

まずは山上徹也が誕生してから事件を起こすに至るまでを、時系列ごとにわかりやすくまとめてみました。

0歳
1980年9月山上家の次男として誕生

山上徹也の母方の祖父が経営する会社に就職した父親。

社長令嬢である母親と結婚し、山上徹也が誕生。

4歳
1984年12月父親が自殺

うつとアルコール中毒による自殺とみられる。

4歳
伯父から毎月約5万円の資金援助を受ける

父親の兄(伯父)が毎月生活費の資金援助をしてくれていた。

6歳
1987年山上徹也は小学校へ入学

周囲は山上徹也のことを、努力家で勉強ができる優等生と認識していた。

11歳
1991年頃母親が統一教会に入信

母親は統一教会にハマり、ネグレクト状態だった。

14歳
1994年伯父からの資金援助の打ち切り

山上徹也の母親が統一教会に献金していることを知った叔父は、

資金援助を打ち切るという苦渋の決断を下す。

15歳
1996年山上徹也は県立郡山高校へ入学

県内トップクラスの進学校と言われる高校へ進学。

応援団に入部する。

17歳
1998年伯父からの資金援助が再開される

『生活が苦しい』という山上家のために、

伯父が資金援助を再開する。

17歳
1998年8月山上徹也の祖父の土地を母親が売却

山上徹也の母親が勝手に祖父の土地を売却。

18歳
1998年10月頃山上徹也の母親が、祖父の建設会社の代表取締役に

山上徹也の祖父が死去したことにより、

母親が建設会社の代表取締役に就任。

18歳
1999年3月山上徹也の母親が相続した複数物件を売却

代表取締役に就任したことにより、祖父から相続した土地を売却。

統一教会への献金に当てたみられる。

18歳
1999年4月山上徹也は専門学校へ入学

山上徹也は大学進学を諦め、公務員になるための専門学校へ進学。

伯父が約75万円の資金援助をする。

21歳
2002年8月自衛隊へ入隊

専門学校を中退し、海上自衛隊に任期制自衛官(一任期=3年)として入隊。

22歳
2002年12月山上徹也の母親が自己破産

相続からわずかな年月で、山上徹也の祖父の遺産を使い果たしたとみられる。

24歳
2005年1月山上徹也が自殺未遂を図る

呉市の自衛官宿舎にて自殺を図るも、一命を取り留める。

24歳
2005年8月山上徹也は自衛隊を退職

任期満了に伴い、自衛隊を退職。

その後はアルバイトや派遣社員として職を転々としたとみられる。

35歳
2015年11月山上徹也の実兄が自殺

障害を持っていた兄が、将来を悲観し自殺。

41歳
2022年7月8日山上徹也が安倍晋三元首相を銃撃

選挙応援演説中だった安倍元首相を、奈良市内にて銃撃し殺害。

山上徹也の裕福な幼少期から過酷だった高校時代

①幼少期時代

山上徹也の父親は京都大学工学部卒、母親は大阪市立大学生活科学部卒と、

両親ともに優秀だったようです。

母親の実家は奈良市内で建設会社を営む裕福な家で、

父親はそこに就職し、母親と結婚したことがわかっています。

そういった家庭だったため、山上徹也自身も幼少期はとても裕福な家庭で育ちます。

しかし、山上徹也が4歳になる1984年12月に、父親が突然自殺してしまいます。

自殺の原因は、ノイローゼによりうつ病とアルコール中毒になってしまったことだったようです。

父親がノイローゼになった原因は仕事による多忙と思われていたのですが、実は違うと言われています!

本当の原因は、山上徹也の母親が『朝起(あさおき)会』という宗教にハマってしまい、

ネグレクト状態になったことによって、ノイローゼになったというのです!

「実はお母さんが『朝起(あさおき)会』という宗教にはまっていたんです。

周囲を勧誘することはなかったのですが、子育てをほっぽらかしにしていて、その宗教の集まりがあるからと、朝の5時とかに出かけてまうんです。

当時、2歳か3歳かの男の子が冬も裸足で家の外に出てきて、泣きながら母親を探してるんですわ。ご主人もなんもせんとね。

おしっこやうんちで重くなったおむつをはいているから、半ケツ状態で可哀そうでした」

彼女が子育てを放棄してまで通っていた朝起会とは、戦後まもなく設立された実践倫理宏正会のことである。創始者は上廣哲彦。

現在は3代目が会長を務め、朝起会と呼ばれる早朝の活動をメインに会員数は400万人を超えるといわれる。

引用元:デイリー新潮

朝起会は母親の入信を否定しているということですので、真偽は不明ですが、

この頃から山上徹也の生活は崩れていっているのではないでしょうか。

先の知人は団体への傾倒が引き起こした悲劇についてこう語る。

「奥さんが相当宗教に入れ込んでしまったみたいで、旦那さんはノイローゼやったようです。最後は近くのマンションから飛び降りて自殺しはってね、それは近隣で話題になりましたわ。それから1年と経たず、一家は引っ越していかれました」

引用:週刊新潮

そして程なくした1991年頃に、山上徹也の母親は統一教会へ入信したと言われています。

②小学校時代

そして山上徹也は地元の小学校へ進学します。

引用:デイリー新潮

周囲は山上徹也のことを、努力家で勉強ができる優等生と認識していました。

父親も母親も有名大学卒業で、裕福な家庭に生まれていますし、

勉強は嫌いではなかった可能性が高いですよね。

しかし母親が統一教会にのめり込んでいったため、ネグレクト状態は続いていたようです。

彼女は熱心な信者となり、度々、子供を置いて長期にわたり渡韓するほどだったという。 「子供たちはその間、食べるもんがなかったんですよ。だって、母親が日本におらんかったからね。自分は韓国に行き、ずっと放っておいた。ネグレクトどころではない、もっとひどい状態です。兄は病気で自分で食事を作ることもできない。その兄が電話をかけてきて、“食べるものがない”と。お金を持って行ってあげたりしていました。すると、冷蔵庫の中には食料がまるでないんですわ……」

引用:Yahoo!ニュース

伯父からは資金援助を受けていましたが、

そのお金も全て母親が統一教会への献金へと当てていたのです。

③中学校時代

山上徹也は地元の中学校へ進学。

引用:デイリー新潮

小学校の頃と周囲の印象は変わっていないようですが、

中学2年生になった1994年に伯父からの資金援助が打ち切られます。

伯父は、自身が援助した資金が統一教会に流れていることを知り、

苦渋の決断で援助を打ち切ったということです。

本人たちの生活の足しにならないのであれば、意味がないとの判断だったのでしょうか。

④高校時代

山上徹也は県内でもトップクラスのエリート校である、郡山高校へ進学します。

引用:デイリー新潮

どんな家庭環境でも、きちんと勉学に励んでいたのではないでしょうか。

大人しい印象だったものの、本人は応援団に入部し活躍していたといいます。

引用:デイリー新潮

そして、山上徹也が高校3年生になる頃に母親側の祖父が亡くなり、

母親が祖父が経営していた建設会社の代表取締役に就任します。

しかし祖父の生前より、母親は祖父の土地を勝手に売却しており、

母親と祖父の関係も良好ではなかったようです。

山上徹也の母親が統一教会に入信

前述の通り、山上徹也の母親は父親の自殺後に1991年頃に統一教会に入信し、

1億円を超える金額を献金していたと言われています。

そのことによって、山上徹也や家族にとってどのようなことが起こったのか調べました。

①伯父への金の無心

統一教会への献金のためにお金が必要だった山上徹也の母親は、

親族にお金の無心を繰り返していたといいます。

山上の母は、信仰する統一教会(当時、2015年より世界平和統一家庭連合に改称)にお金を次々に献金し、親族らにも金の無心を繰り返したという。「金の無心は嫌というほど味わいました。2日に渡って『金を貸してくれ』と来たもんだから、『帰れ!』と言うて、お茶ぶっかけたこともありますわ。そこまでしても、その後も私の弁護士事務所まで来たり、韓国からも電話をかけてきた。統一教会のことになると、まるで目の色が変わってしまうんです」

引用:Yahoo!ニュース

この発言からも分かる通り、伯父は弁護士だったようですね。

資金援助したい気持ちはあったものの、統一教会へお金が流れることを危惧し、

一度は伯父は資金援助を打ち切っています。

しかし、山上徹也らの生活苦を見かねて1998年に資金援助を再開しています。

伯父は子供たちのことは心配だったのでしょうね。

しかし母親と親族は疎遠になっていったと考えられます。

②山上徹也は大学進学を諦め専門学校へ

引用:デイリー新潮

県内トップクラスの進学校の高校へ入学した山上徹也ですが、

大学進学は諦めて、公務員になるための専門学校へ入学しています。

お金の面で諦めた可能性が高いですよね。

幼い頃から努力家だった山上徹也ですので、

お金の問題で進学できないのは辛かったのではないでしょうか。

専門学校への入学資金も伯父が工面してくれたといいます。

しかし、専門学校も中退しているようです。

家庭環境の乱れが、山上徹也の人生を狂わせてしまったのでしょうか。

山上徹也の自殺未遂と実兄の自殺

その後、社会人になった山上徹也は一体どのような生活を送っていたのでしょうか。

①山上徹也は自衛隊に入隊し自殺未遂

大学への進学も諦め、専門学校も中退した山上徹也ですが、

2002年8月に任期制自衛官として海上自衛隊へ入隊します。

しかし2005年1月に呉市にある自衛隊の宿舎で自殺未遂を図りました。

なんとか一命は取り留めます。

自殺を図った理由は、兄と妹が生活に困窮していたため、

自身の生命保険金を渡したかった、ということです。

「兄と妹の生活が困窮しており、自分の死亡保険金を渡したかったと本人から聞いた」という。海自からは、本人が「旧統一教会によって人生と家族がめちゃくちゃになった」と説明したとの報告も受けたという。その時も母親は修行のため韓国にいて、すぐに帰ってこなかったという。

引用:日刊スポーツ

家族関係がめちゃくちゃだったとはいえ、兄と妹のことは心配していたようですね。

一方、息子(山上徹也)が自殺未遂を図ってもすぐに駆けつけない母親とは、

関係が破綻していたことは間違いないですね。

②山上徹也の実兄が自殺

しかし、2015年11月に山上徹也の兄は自殺をしてしまいます。

もともと、小児がんを患っていた影響で片目の視力を失っていた兄ですが、

将来を悲観しての自殺だったようです。

山上徹也が自殺未遂を図った頃には生活が困窮していたようですので、

そこから10年ほどは何とか生活していたようですが、

耐えきれなくなり自殺してしまったのでしょうか。

山上徹也は兄の自殺後、珍しく感情をあらわにしていたといいます。

こういった出来事が、今回山上徹也が事件を起こすきっかけになっていったようです。

しかしどのような理由があるにせよ、犯罪を犯してはいけないですよね。

引用:日刊スポーツ

【特定】山上徹也本人のTwitterアカウント

引用:日テレNEWS

事件後、山上徹也のTwitterアカウントが特定され、本人が過去に投稿した内容に注目が集まりました。

現在アカウントは凍結されてしまっていますので、内容を確認することはできませんが、

自身の家族関係に関するツイートや、政治やニュースに意見するような内容のツイートが多かったようです。

また、〈オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた〉という投稿もあり、

山上徹也が中学生の頃には親族も含め、家族関係が修復不可能だったこともわかります。

また、アカウント名が『silent hill 333』だったことにも話題が集まりました。

『サイレントヒル3』という2003年にコナミから発売されたホラーゲームがあり、

そのゲームがアカウント名の由来となっているのでは、と言われています。

サイレントヒル3』はカルト教団をテーマにした物語で、ヒロインは教団をめぐる因縁を断ち切るために信者と戦います。親子愛も大きな要素のひとつで、前向きで感動的なラストではあるのですが、山上容疑者は何か彼なりの受け止め方をしてしまったのかもしれません

引用:Yahoo!ニュース

アカウントはTwitter社が凍結したと見られていますが、

凍結理由は明らかになっていません。

しかし規約では、個人や集団に向けた暴力をほのめかす脅迫や、テロ行為などが禁止されているため、

過去の投稿のいずれかが抵触したのでは、と言われています。

事件によって注目が集まったため、Twitter社も投稿内容を確認した可能性が高いですね。

まとめ

今回は山上徹也の生い立ちについて、報道されている限り詳しくまとめてみました。

壮絶な人生を送っていることは分かりましたが、

とは言え、今回の事件を起こしていい理由にはなりません。

安倍晋三元首相のご冥福を祈りたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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